※この記事は、土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』の 結末まで 触れます。
未読でネタバレを避けたい方はここでブラウザバック推奨です!
作品情報とざっくり概要
- 著者:土屋うさぎ
- 出版社:宝島社(四六判/約250ページ)
- 第23回『このミステリーがすごい!』大賞 〈大賞〉受賞作
- 舞台:大阪府豊中市のパン屋「ノスティモ」
- 形式:
- 連作短編5本
- 第一章「焦げたクロワッサン」
- 第二章「夢見るフランスパン」
- 第三章「恋するシナモンロール」
- 第四章「さよならチョココロネ」
- 第五章「思い出のカレーパン」
- 死体も猟奇事件も出てこない、“日常の謎”ミステリー
- 連作短編5本
さらに2025年11月には Audible版 も配信開始。
ナレーターは川中彩加さん、再生時間は約6時間37分で、ミステリー・スリラー部門の人気作ランキング上位に入っています。
全体のテーマを一言でいうと?
- 「誰も死なない」「血なまぐさくない」けれど
- 友情のこじれ・自己肯定感の低さ・恋のすれ違い・家族の記憶・自傷の痕跡…
こういう “心の痛み” を、パンの香りと日常会話でふわっと包む 連作だと感じました。
1章ごとに「ある登場人物の“引っかかり”」が謎として提示され、
主人公・小春の観察眼でほどかれていく構造です。
ここから先は各章のネタバレあらすじ+軽い感想です。
第一章「焦げたクロワッサン」
――親友がドタキャンした、本当の理由(ネタバレ)
あらすじ(ネタバレ)
漫画家志望の大学1年・市倉小春は、親友の由貴子と一緒に
舞台「想剣演舞」のライブビューイングへ行く約束をしていました。
当日になって、由貴子は 苦しい言い訳でドタキャン。
しかも、最近の彼女の様子には
- やたらバイトを休みがち
- ライブ関連の仕事っぽい話を濁す
- 好きな舞台俳優(ハセピー)関連で何か隠していそう
…と、不自然な点が多い。
小春は「探偵病」を発揮して行動パターンを洗い直し、
由貴子が
「推し俳優・ハセピーと “本当に付き合ってしまった”
→ ライブ会場スタッフとして働くことに
→ 小春には言い出せず、嘘を重ねていた」
という真相にたどり着きます。
つまり、ドタキャンの裏側にあったのは
「親友を置いて “夢” の世界に行く、後ろめたさ」。
最終的には小春が怒りと寂しさをぶつけ、
由貴子も正直に打ち明けることで、二人の関係はギリギリ救われる…
という、友情の“焦げ目”を描いたエピソードになっています。
ひと言感想
- 「ミステリー」というより、親友を追い詰めてしまう小春の不器用さが痛い章
- ライブビューイングという “推し活の現場” を、ちゃんと“謎”に結びつけてくるのがうまい
- クロワッサンの“焦げ”が、二人の関係の焦げ付きとリンクしているのも綺麗
第二章「夢見るフランスパン」
――フランスパンが“腕”に見えてしまう先輩(ネタバレ)
あらすじ(ネタバレ)
派手で豪快なレナ先輩がシフトを飛ばして熱海旅行へ行ってしまい(自由人…)、
代わりにケーキ部門から呼ばれたのが、
工学部3年生で小春と同じ大学に通う堀田紗都美。
仕事はそつなくこなす有能な先輩なのに、
なぜか フランスパンにクープ(切り込み)を入れる作業だけ大失敗。
ナイフでパンをズタズタにしてしまい、明らかに様子がおかしい。
小春は
- いつも長袖を着ている
- 金属アレルギーでもなさそう
- “割れ目” が苦手なわけでもない
と観察し、紗都美が フランスパンを「人間の腕」に見てしまっている と推理します。
紗都美が抱えていたのは、
親からの過度な期待やプレッシャーの中で繰り返してきた リストカットの過去。
クープ用のナイフを手にした瞬間、
かつて自分が傷つけた「腕」の記憶とフラッシュバックが重なり、
パンをまともに切れなくなっていたのでした。
ただ、彼女にはもう一つの顔があります。
匿名で活動する Vtuber「香箱チョキミ」 として、
“素手を見せなくてもいい世界” で自己表現の場を得つつあった。
小春はそのことも含めて受け止め、
「手首の傷ごと、先輩のことを見ているよ」というスタンスで寄り添う。
それによって、紗都美は少しずつ自分の過去を言葉にできるようになります。
ひと言感想(+ちょっとだけ現実の話)
- 自傷行為の描写はありますが、過度にショッキングにせず
“プレッシャーで追い詰められた人の物語” として扱っている印象 - 「生身ではなくVtuberとしてなら人前に出られる」という設定が現代的
- パンのクープという“手の仕事”を、心の傷と絡めたのが巧い章でした
※現実の世界で、もし同じように「傷をつけてしまう」悩みがある人は、
一人で抱え込まず、信頼できる友人や専門の相談窓口に話を聞いてもらうのが大事です。
作品として楽しみつつも、現実ではちゃんと助けを頼んでほしいな、と思わせるエピソードでした。
第三章「恋するシナモンロール」
――お守りに飲み物をこぼした“あの子”の真意(ネタバレ)
あらすじ(ネタバレ)
ヒョウ柄のおばちゃんとバトルしてまでシナモンロールを買った女子高生・美桜。
彼女は野球部のキャッチャー・道長と一緒にシナモンロールを食べるため、
ノスティモのカフェスペースにやって来ます。
ところが、道長が席を外している隙に、
美桜は わざと道長の「お守り」に飲み物をこぼす。
これがきっかけで二人はケンカに。
小春が状況を整理していくと、
- お守りは、野球部マネージャー・桃花からもらったもの
- 美桜は幼なじみとして、道長が“都合よく利用されている”と感じている
- シナモンロールは、二人だけの“特別な時間”の象徴
という構図が見えてきます。
飲み物をこぼしたのは単なる失敗ではなく、
「桃花とのつながりを切ってほしい」という、精一杯のアピール。
最終的に小春が割って入り、
- お守りにこだわる必要はないこと
- 美桜の想い
を道長に伝えることで、二人はぎこちなくも “恋人未満以上” に進展していきます。
ひと言感想
- シナモンロール=“甘いけどちょっとスパイシーな恋” のメタファーになっていてニヤッとする章
- 年頃の恋のもつれを、「お守り」と「パン」という小物で描くのがうまい
- 全体の中でも一番「青春ラブコメ寄り」で、気楽に読めるパートだと思います
第四章「さよならチョココロネ」
――ひったくり犯と、終売になりかけるパン(ネタバレ)
あらすじ(ネタバレ)
ノスティモでは、手間の割に売れ行きの悪いチョココロネを
販売終了にしようか という話が持ち上がっています。
そこへやって来るのが、チョココロネ大好きな小学1年生・凛ちゃんと母の葉子さん。
「バレエ教室に行ったらチョココロネを買ってあげる」という約束が、
今では逆転して「チョココロネを買ってもらわないと行かない」レベルになっている親子です。
ある日、二人はバレエ教室へ向かう途中で バイクのひったくり犯に襲われる。
葉子さんのバッグが奪われ、凛ちゃんの財布も一緒に盗まれてしまう。
凛ちゃんが覚えていた犯人の特徴はただ一つ。
首元に、赤い十字の傷があった
この “十字傷” を手がかりに、
小春は常連客の中から犯人にたどり着きます。
決め手になるのは、
- チョココロネの形
- 凛ちゃんの視線の高さ
- 犯人の生活パターン
といった “日常の観察” です。
事件は無事解決し、
凛ちゃん親子のトラウマも少しずつ癒えていく。
そして堂前店長の粋な計らいで、 チョココロネの販売継続 も決定。
「さよなら」になるはずだったパンが、子どもの笑顔のおかげで復活する、という温かいオチで締めくくられます。
ひと言感想
- ミステリとしては一番“事件っぽい”章
- とはいえ暴力を前面に出さず、子ども目線の記憶 から犯人を突き止める構図なので重くなりすぎない
- チョココロネ=子どものご褒美/成長と結びついていて、ラストの継続決定にホッとします
第五章「思い出のカレーパン」+エピローグ(ネタバレ)
あらすじ(ネタバレ)
気品ある老婦人・塩原梢江がノスティモを訪れ、
「30年前に夫とよく食べていた “思い出のカレーパン” を探している」と小春たちに打ち明けます。
手がかりは
- 当時の味と食感の記憶
- 夫との思い出が詰まった、ある商店街
- カレーの風味の特徴
だけ。
小春・レナ先輩・紗都美の3人は、
豊中中のパン屋を巡る “カレーパン食べ歩きツアー” に出発します。
ようやく見つけたのは、
梢江さんが昔通っていた店のレシピを受け継いだパン屋。
そこには「夫婦の記憶」と「味の継承」がちゃんと残っていました。
同時に浮かび上がるのが、
ノスティモの社員・福尾さんが抱えていた “病” と夢。
彼女は婚約者と自分の店「ベーカリーまんぷく」を開くと決めながら、
体調や不安から一歩を踏み出せずにいたのです。
小春はまたしても「そっとしておけない探偵病」を発揮し、
福尾さんの背中を(半ば強引に)押します。
結果として、福尾さんは自分のパン屋をオープンし、
エピローグでは
- 大学2年生になった小春が「ベーカリーまんぷく」を訪れる
- クロワッサン、フランスパン、シナモンロール、チョココロネ、カレーパン…
これまでの物語で登場したパンが一堂に並んでいる
という “総集編” のようなシーンで物語は締めくくられます。
ひと言感想
- 「パン」と「記憶」と「人生の再スタート」の話になっていて、連作のラストにふさわしい
- 老婦人の30年越しの願いと、福尾さんのこれからの人生が並行して描かれるのがきれい
- ミステリー的なひねりは控えめだけど、読後感は一番好きという人も多そう
全体を通して感じたこと・考察ポイント
1. “日常の謎”の範囲でどこまで踏み込むか
- 友情の亀裂(1章)
- 自傷の過去と自己肯定感(2章)
- 青春の恋愛と搾取される危うさ(3章)
- 子どもと防犯・トラウマ(4章)
- 高齢者の記憶と、若い世代の「これから」(5章)
と、扱っているテーマ自体はけっこう重め。
でもトーンは常に 「パン屋の日常」ベースの柔らかさ で維持されています。
読者によっては「もっとドロドロなミステリーを読みたい」と感じるかもしれませんが、
- 心の痛みはちゃんと描く
- しかし“胃もたれしない量”で止める
というバランスになっていて、ライト層や中高生にも届く作品だと思いました。
2. パンが“メタファー”として機能している
各章のパンが、ほぼそのままテーマのメタファーになっているのが面白いです。
- 焦げたクロワッサン → 友情にできた焦げ目
- フランスパンのクープ → 自分の腕につけた傷跡
- シナモンロール → スパイシーな甘さ=恋
- チョココロネ → 子どものご褒美と成長
- カレーパン → 夫婦の記憶と人生のスパイス
章末で挿入される「パンの豆知識」が、
本編の出来事とふわっとリンクして終わる構成も、
“おいしい読後感” を作るのに効いています。
こんな人におすすめ(まとめ)
ネタバレ前提で全体を振り返ると、『謎の香りはパン屋から』はこんな人に刺さるタイプの一冊でした。
・血なまぐさい事件より、心の機微を追う“日常の謎” が好きな人
・パン屋・カフェが舞台の作品が好きな人
・Audibleで「重すぎないミステリー」を探している人
・推し活・Vtuber・自傷・家族の記憶など、“今っぽいテーマ” をゆるめのトーンで読みたい人

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